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歴史ニュース
                                        最新の歴史ニュース(2007年1月〜)

*知的障害者485人徴兵
日中戦争から太平洋戦争の間,少なくとも485人の知的障害者が陸軍に徴兵されていたことが,清水寛・埼玉大学名誉教授(障害児教育)の研究で明らかになった。戦前の兵役法では知的障害者を含む病人や障害者は兵役を免除されていたが,戦争の長期化によって徴兵されるようになったとみられる。また当時,戦争で身心に障害が残ったものには恩給や治療費が支給されたが,知的障害者が発症した場合にはもともと障害があったとして,恩給を申請することもできなかった。(2006年12月)

*ネアンデルタール人,現代人の祖先と37万年前に分岐
クロアチアで発見された約3万8000年前のネアンデルタール人男性のゲノム(DNA)が解析され,現代人と99.5%一致し,0.5%異なると推定された。ゲノムの変異にかかる平均の時間から,ネアンデルタールと現代人の祖先は少なくとも約37万年前には,完全に別種となったと結論づけられた。(2006年11月)

*天皇即位式は庶民の人気行事
江戸時代,天皇即位式が観覧券(「切手札」)を配って公開され,庶民が大勢つめかけていたことがわかった。桜町天皇即位式前の奉行所の告知(「町触れ」)では,入り口が男女別であることを告知したり,桃園天皇即位式では,男100人,女200人と人数を制限し,老人や足が弱い人の観覧を禁じたりしている。光格天皇即位式を描いた絵図には,子連れの見物人の絵柄もみられる。従来は,近世に幕府によって天皇は人々から隔離された,と考えられてきた。(2006年11月)

*栗拾いにはご飯1升,漬け物作りには1斗1升
奈良市西大寺本町の食堂院(じきどういん)跡から,平安時代中期(10世紀末)の木簡が多数発見された。荘園からの食料搬入記録,貯蔵・調理の記録,支給決裁書の3つに大別され,伊賀(三重県)に栗拾いに行った使いの者にご飯1升(現在の4合)を支給したことや,カブを漬けた者にご飯1斗1升を支給したこと,事務方の僧に酒2升を支給したことを示す記録などがある。また,ウメ,クルミ,トウガンの種子も大量に出土した。(2006年11月)

*弥生期の楼観,「実在」
1999年に鳥取県鳥取市の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡から出土した約1800年前(弥生時代後期)の丸太は,高さ10mほどあった高床建物の柱材だった,と県埋蔵文化センターが発表した。土器に描かれ,「魏志倭人伝」に記述された古代の物見やぐら「楼観」の建材と推定される。(2006年11月)

*アフガニスタンで新たな仏教石窟群発見
アフガニスタン中部バーミアーン遺跡の西方約100kmにある渓谷で,8世紀ごろの仏教石窟群が発見された。交易商人の祈りの場と考えられている。アフガニスタンの仏教文化の西端はこれまでバーミアーンとされていたが,バーミアーン以西にも大規模な仏教文化が存在した可能性が高まった。(2006年10月)

*最古の万葉仮名
大阪市中央区の難波宮跡から,万葉仮名で和歌が書かれた7世紀中期の木簡が発見された。これまで最古とされた7世紀後半の出土例より,20〜30年さかのぼる。「皮留久佐乃皮斯道米之刀斯」と書かれており,「はるくさのはじめのとし」と解読された。万葉集に該当する歌は見つかっていない。(2006年10月)

*新人と旧人の混血か?
1950年代にルーマニアで発掘された約3万5000年前の人類化石を分析したところ,現代人の祖先であるホモ・サピエンス(新人)と絶滅したネアンデルタール人(旧人)が混血していた可能性があることがわかった,という発表があった。頭骨に新人と旧人の特徴を併せもっているということによる。ただし,DNA解析で現代人の祖先ではないことは判明している。(2006年10月)

*最古の子どもの化石発見
エチオピアの北東部の約330万年前の地層から,人類の祖先とされるアウストラロピテクスの子どもの全身骨格が発見された。子どもの化石としては最古。発見されたのは,ほぼ完全な頭骨と鎖骨,脊椎,腕や脚の一部,肩胛骨など。歯の成長具合などから3歳の女児とみられる。足には二足歩行をしていたことを示す特徴があったが,指や肩胛骨には樹上生活にも適応していたことを示す特徴があった。(2006年9月)

*ベトナムの「日本橋」,遺構発掘
ベトナム中部ホイアンで,17世紀に住んでいた日本人が建設したと伝えられる「日本橋」の橋脚を支えていた土台の一部とみられる れんがなどの遺構が発掘された。同橋は18世紀以降にベトナム人や華僑が修復を重ね,建設当時の姿はとどめていない。橋の原型とみられる遺構が見つかったのは初めて。(2006年9月)

*進駐軍に細菌攻撃検討
1945年8月,終戦直後に旧関東軍防疫給水部(731部隊)の石井四郎隊長が,日本に進駐する米軍など連合国軍を標的とした細菌攻撃を検討していたメモが見つかった。メモは同部隊長直筆のもので,米軍の上陸に合わせてペストノミを全国に散布するといった内容や,軍上層部に「犬死にをやめよ」と指示されたといった内容が記されている。(2006年7月)

*ご家老のご苦労
江戸時代の秋田藩の家老の日記「宇都宮孟綱日記」を,秋田県公文書館が翻刻,刊行した。藩主の親類が部屋がせまい,替えろと文句をいうのをなだめたり,先代藩主がやめさせた蹴鞠を,先輩家老が再びはやらせようとするのを禁止したり,急死した家臣の家が断絶しないようにしたり,と気苦労が絶えなかった日常が判明した。(2006年7月)

*大内氏館跡から,タイやカモの骨
山口市大殿大路,国指定史跡から食物残滓が大量に見つかり,分析の結果,タイやカモなどの骨とわかった。1500年(明応九年)の記録には,将軍職を追われた足利義稙へのもてなしとして25膳106皿以上,当時の山口ではとれないサケや昆布のほか,タイやスズキの刺身,イセエビの舟盛り,コウノトリなどでもてなした,とある。(2006年7月)

*中国2200年前の墓から,ヨーロッパ系の人骨出土
中国陜西省西安市郊外にある,紀元前200年の墓から出土した人骨が,ヨーロッパ系の特徴をもつ男性のものであることがわかった。始皇帝陵の建設労働に携わったとみられている。従来は前漢(紀元前202年〜紀元後8年)の時期に東西交流がさかんになったとされてきたが,それより早く,すでに中国の中心部と西域との交流があった可能性が考えられる。(2006年7月)

*開港直後の横浜で,いじめによる刃傷沙汰
神奈川県神奈川区の三宝寺から,1859年(安政六年)に当時横浜港を警備していた松山藩で,いじめを発端とする刃傷事件があり,関係者4名が全員切腹させられたことを示す文書が見つかった。同輩に憎まれていた新海という藩士の部屋で,3名の藩士が酒宴を開いて飲み散らしたりものを壊したりしたので,怒った新海が3名に斬りつけた。4名はけんか両成敗で切腹となった。開国直後の緊張した世相が感じられる。(2006年6月)

*ナスカで,全長65mの新たな地上絵発見
ペルーのナスカ台地の南部,ナスカ川の北岸付近に全長約65mの地上絵が発見された。 上部に2つの角がのびた土器のような絵柄で,豊穣儀礼にかかわるものではないかと推測されているが,まだよくわかっていない。(2006年4月)

*弥生時代の開始に地域差
国立歴史民俗博物館は,放射性炭素法を用いた弥生時代の,九州から東北までの年代一覧表を公表した。とくに注目されるのは,北部九州では紀元前10世紀後半〜前800年ころを「弥生早期」とすることである。弥生早期は縄文土器が使用されながら,徐々に水田稲作が普及する時期とされ,他の地域にはこの区分がない。また従来の年代よりも約500年早い。(2006年4月)

*エチオピアで,初期猿人の化石発見
アディスアベバの北東約230kmのミドルアワッシュで,約420万〜410万年前の地層から,人類の祖先とされるアウストラロピテクスの上あご,歯,大腿骨の化石が発見された。歯の特徴からアウストラロピテクス・アナメンシスと同定された。現場周辺では,約440万年前のラミダス猿人と約350万年前のアウストラロピテクス・アファレンシスの化石が発見されており,ラミダス原人から約20万年間で急激に進化し,アウストラロピテクスが誕生した,という仮説がたてられている。(2006年4月)

*平安時代の農事暦
奈良県香芝市の下田東遺跡から出土した木簡に,春の種まきから秋の刈り入れ,作物の販売までの作業手順が書かれていることがわかった。荘官によって稲作の現場について記述された最古の木簡となる。種まきを女性,刈り入れは男性と作業を分担していたことが記されている。(2006年4月)

*鏡台の隠し引き出しに,終戦工作の記録
太平洋戦争末期,近衛文麿元首相(1891〜1945年)が,中国の蒋介石政権との間で,和平交渉を模索した文書が,夫人の三面鏡の隠し引き出しから見つかった。内容は,米大統領ローズベルト,蒋介石と親しい燕京大学学長を仲介役に,和平交渉ができないか探ったもの。敗色濃厚な戦争末期,軍部は終戦工作を警戒していたため,隠していたものと思われる。(2006年3月)

*一高生の「擬国会」の記録復刻
八木書店から復刻された旧制第一高等学校の「校友会雑誌」には,明治から大正にかけて一高生が開催した擬国会の記録が残されている。議長や大臣,自由党・保守党の議員に扮し,当時実際に審議された移民法案などを討議した。芦田均や,和辻哲郎など そうそうたる顔ぶれが登場している。擬国会は早稲田大学でも開かれた記録がある。(2006年3月)

*縄文時代晩期末の土器片に,煮炊きの証拠
滋賀県安土町の竜ヶ崎A遺跡から出土した縄文時代晩期(約2600〜2500年前)の土器片に,炭化したキビのかたまりが付着しているのが確認された。土器片は貯蔵や煮炊きに使われた深鉢の底の一部とみられる。また,キビは殻が残っているものが少なく,脱穀されたと考えられる。キビが土器に付着した状態で発見されたのは全国で初めて。(2006年3月)

*伊能忠敬は国際情報通だった
東京都世田谷区の伊能家に伝存する資料から,江戸時代後期の測量家 伊能忠敬(1745〜1818年)が,1808年にオランダ商館長から幕府が受け取った「阿蘭陀風説書(おらんだふうせつがき)」の一部を自ら書き写した文書が発見された。内容はナポレオン戦争に関するもので,ほぼ正確な記述だが,当時フランスの勢力下にあったオランダがフランスの同盟国であるかのように書かれている。当時伊能忠敬は四国と淡路の海岸,大和と伊勢街道の測量中であった。(2006年2月)

*喜界島で中国青磁出土
鹿児島県喜界町城久(ぐすく)遺跡群から,現在の中国浙江省周辺で8世紀末〜10世紀に制作された青磁(越州窯系青磁)が発見された。越州窯系青磁は,大宰府跡で多く出土し,それ以外ではおもに各地の国衙(こくが)跡や国分寺跡から出土しているため,律令制の波及を示す証拠品と考えられている。喜界島はこの青磁の出土地としては最南端で,古代律令国家の最前線であった可能性もある。(2006年2月)