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生徒にとって身近な題材を提示することによって、生徒の思考がスムーズに促され、学びを深める場面が多くの授業でみられる。本稿では、中学校部活動という多くの生徒にとって身近な題材を提示することで、学習指導要領公民的分野の内容A(2)「現代社会を捉える枠組み」について必要な知識や思考力、判断力、表現力等を身につけさせつつ、内容C(2)「民主政治と政治参加」(ウ)における法に基づく公正な裁判によって国民の権利が保障されることを理解させるとともに、紛争解決において仲介者による「調停」など生徒にとって身近ではない内容をも理解させることを狙った。
『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編』では、公民的分野 大項目A (2)のねらいとして、
(ア)社会生活における物事の決定の仕方、契約を通した個人と社会との関係、きまりの役割について多面的・多角的に考察し、表現すること。
また大項目C (2)アウにおける内容の取り扱いについて、
国民の権利を守り、社会の秩序を維持するために、法に基づく公正な裁判の保障があることについて理解する
とあり、本授業では、吹奏楽部の演奏音という多くの生徒にとって身近な社会生活における「対立」を例示することにより、「契約を通した個人と社会との関係性」つまりはルール(きまり)について考えさせる機会とし、「公正」と「効率」に着目しながらルールづくり(「合意」)について考えることで「物事の決定の仕方」についてアクティビティを通じて理解させることを狙った。同時に、実際に紛争が起こった場面も設定し、当事者間だけでは解決できない時に、第三者(仲介者)を通じての解決や、法に基づく公正な裁判の在り方について考えさせることで裁判制度への理解を深めることを狙った。
本授業では、それぞれの立場の言い分を整理させることで、「公正」なルールを作るときに考えなければならないポイントを確実に捉えさせ、具体的な解決方法を考察させつつ、考えた方策が適切なものであるかという視点で結果の公正さについても考えさせた。最初に問題点の整理をすることにより、ルール作成のポイントとなりうる①内容の明確性、②一方の自由を過度に制約しない、③平等である、④正しい手続きで定められているか、生徒たちが意識できるようにしたい。
そうすることで、ルールの必要性を理解しながら、公正なルールを作るうえでの留意点を身につけさせたい。また紛争解決にはどのような方法があるか、状況に応じて考えつつ、紛争解決の一つの例として民事裁判を理解させる。最後にまとめとして、この授業で学習した内容を生かして生徒に日常社会における諸問題について考えさせることで、紛争解決においてどちらかが正しいか間違っているか判断することが重要ではなく、当事者の利益のバランスを回復することが肝要であることを理解させたい。
今回は、帝国書院ホームページに掲載されている「法教育教材集」03「吹奏楽部の演奏音がうるさい!さあ、どうする?」のワークシートをそのまま使用した。
本授業では、1時間目用のワークシート3「事例1の問題点を整理してみよう。」において、吹奏楽部関係者の言い分、近隣の人たちの言い分、対立点を整理させ、解決方法を考える場面では、吹奏楽部員グループ側では「エアコンの設置」などの意見が出てきてしまうことがあった。これは問題点が十分に整理されていないがゆえに、解決方法のルールづくりにまで至らなかったことが予想されるが、生徒にとっては当事者同士だけでは解決できない可能性や、当事者が感情的になってしまった場合には、仲介者による話し合いも有効であると気づく生徒もいた。
そのため、2時間目用のワークシートになると1「当事者同士の話し合いやルールづくりで解決しない場合、他にどのような方法があると思いますか」において「前例がないかさがす」や「当事者以外の第3者を入れて、中立の立場から考えてもらう」のような意見が出た。特に後者のような意見からは、仲介者の必要性を感じている様子が見て取れ、その流れの中で、多くの生徒は公正な裁判によって、個人の自由や権利が保障されることを理解するに至ることができた。
また振り返りの場面でこの学習で学んだ大切なことや問題点、疑問点を聞いたところ、生徒からは「対立が起きた時には、意見を聞きあい、対立点を見つけることが大切」「双方の意見を聞き、尊重しあって対話を進めることが大切」「誰かが中立に立つうえで、公正にしっかりと判断することが大切」「相手のことを考えながら、落ち着いて話し合うことが大切」との意見がでた。
本授業では、話題を身近な問題から、国際社会における諸問題へと展開した。生徒はこれまでの学習を通じて学んだことについて考えを深め、「どこの国も所属していない世界の裁判所ができたら、ちょっとマシになるのかな」「国同士の規模になってきたときに、合意が得られないのは、文化がちがうので、何がよくて何がよくないのかさえ違うからだと思う。互いの文化を知ることが合意に近づくと思います。」などの意見が見られ、本授業で学んだことを生かして、国際社会に主体的に生きる平和で民主的な社会の形成者に必要な公民としての資質・能力を身に着けようとしている様子が見て取れた。
本教材では、生徒たちは身近な問題のルールづくりをする体験について、「対立」から「合意」に至るプロセスを単なる話し合いで帰結するのではなく、話し合いで解決しなかった場合に展開することで、仲介者による「調停」や公正な裁判による司法判断など実社会において行われている紛争解決の方法を理解することができた。この「法教育教材集」を活用することで生徒たちは、現代社会に見られる課題について公正に判断する力や、現代社会に見られる課題の解決を視野に、多面的・多角的な考察をする力を育みながら、深い学びを実現する授業づくりできるのではないかと考えている。
本教材は、教材集の中でも「2時間枠」という比較的「大きな」教材となっている。まずは、問題の整理を行い、そこから解決に向かうという設定である。
この教材の主たるねらいは、「対立と合意」という考え方を学ぶことである。自由と自由の対立、自力救済、話し合い、第三者による解決、ルール作りという、それぞれの概念を、中学生なりに、自分のこととして考えて欲しい。
ここでも、「主体的に学習に取り組む態度」の観点について、検討してみたい。
○主体的に学習に取り組む態度
を意識して、自分たちの身近にあるルール(ごみの出し方、公園の利用方法など)をめぐる対立について、自分なりに合意形成にむけた提案を考えようとしている。
まずは、ワークシートの中で、身近な事例を記入することができるかどうかがポイントとなる。「似たようなことは、確かにあるな」という気づきが大事である。弁護士からのアドバイスにもあるように、公園の利用法などは、どこの地域にも少なからずみられるものである。
合意形成を図っていくときに、力の強いもの、声の大きいものの意見が通ったのでは、正義が実現されない。多数決の横暴にも気を付けなければならない。当事者間の話し合いで解決できない場合は、第三者が入ることで、調整を図っていくことも必要となる。
さらに、ワークシート1の4でのルールづくりにおいては、先にA規準で示したことが原則となる。
全体として、この教材では、自分のことだけではなく、相手の立場も考え、そしてさらには社会全体の利益や損失についても考えるという視点が非常に重要である。自分、相手、社会という三つの視点から捉える必要がある。
吹奏楽部の活動をしたいという側と、うるさくて健康にまで害を及ぼすという側の立場を理解し、さらに、学校教育という大きな視点ももって考えることが求められる。仮に、個人が、公園でトランペットの練習をしていたら、それは、「うるさいからやめましょう」となるであろう。ところが、ことは、学校教育の問題であり、一個人の嗜好・趣味の問題ではないのである。
こうした視点をもち、A規準の①から④を内包したルール作りができれば、まさに、知識、思考を高めるための主体的な学びと言えるであろう。
「対立と合意」という考え方は、現代社会の基本的なものの考え方(枠組み)であり、そのことは、今まさに、国際紛争という形で、私たちに課題を突き付けられているともいえる。こうした状況の中で、子どもたちが、国内外の諸問題について「対立と合意」という枠組みを「視点や方法」として用いて、本教材と関連させて思考できるよう、教師が支援していくことが、極めて重要である。
歴史的分野の学習では、さまざまな法令について取り扱うが、授業ではその法令の内容について学ぶだけにとどまるケースも多いのではないかと思う。本稿では、「法教育教材集」を活用して、第2学年の歴史的分野の授業内で、「法の支配」「民主主義」などの概念について考える場面を設定し、歴史的分野「近世の日本」から「近代の日本と世界」における近代社会の成立について理解が深まるように工夫した。
『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編』では、歴史的分野 大項目B (3)イのねらいとして、
(ア)交易の広がりとその影響、統一政権の諸政策の目的、産業の発達と文化の担い手の変化、社会の変化と幕府の政策の変化
に着目して、事象を相互に関連付けるなどして、近世の社会の変化の様子を多面的・多角的に考察し、表現すること、とある。 また大項目C (1)ア(ア)における内容の取り扱いについて、
政治体制の変化や人権思想の発達や広がり、現代の政治とのつながりなどと関連付けて
とあり、ここでは近代民主政治への動きが生まれたことに気付くことができるようにする、とあることから、本授業では、江戸時代の学習において生徒が興味を持ちやすい「生類憐れみの令」を取り扱うことで、武断政治から文治政治へと変化した江戸幕府の政治体制の理解しながら変化の多い江戸時代を体感しつつ、法令について、「だれが、何のために、どのような経緯で作成したか」を考えさせたり、法律が何のためにつくられたものかを考えさせることを重要な視点とした。
本授業では、生類憐れみの令について「だれが、何のために、どのような経緯で作成したか」について着目させ、(1)立法の目的と手段 (2)罪と罰のバランスなど法の内容を多角的・多面的に考察する力の身に付けながら、法の制定の手続きについても考えられるようにしたい。
今回は、生徒にワークシート(図1)を活用して、取り組んだ。まずはじめに、「御当家令条」巻33の一部を読ませ、「生類憐れみの令」、「徳川綱吉」、「文治政治」などのキーワードを想起させることで導入とした。特に「文治政治」についてはそれまでの「武断政治」からの転換について理解させ、社会秩序の安定における、教育や学問や法令の重要性を気付かせるように工夫し、その上で「生類憐れみの令」に関する資料を読ませて「大切だと思う」「疑問に感じた」ことをまとめさせた。
生徒の意見には「生類を大切にするのに、死刑にするのはおかしいなと思った」「人は生類ではない?」(図2)などあり、生徒たちが自ずと「罪と罰のバランス」について考えていることが見て取れた。さらに
発問:生類憐みの令は、おかした罪と罰則のバランスはとれているか?
としたところ、「病気の馬を捨てた場合の刑罰は?」と聞いたところ、「本来死刑のところが、島流しになるなら、軽いのでは」「病気の馬が感染症に罹患しているならば、罰が重くなるのも仕方ないのでは」などの意見が生徒から出て、多様な意見のもと活発な意見交換がなされた。また「犬を傷つけた場合の刑罰は?」と聞いたところ、多くの生徒が「重い」と回答し、自ずと、やった罪(犬を傷つける)に対して罰(死刑)に違和感を示し「罪刑均衡の原則」が身についている様子が見て取れた。
そこで、あらためて「生類憐れみの令」の目的が全ての命を大切にするなどであったであろうと言うことを確認しながら、その目的に対して法令の内容・手続きに問題点について考えさせたところ、「罰を下すのは良いと思うが、罰が重い。バランスが悪く、重いと感じる人も軽いと思う人もいる」「すぐに死刑⇒命を大切にしていない⇒矛盾が生じる」「権力者が勝手に決めて困る」などの意見(図3)があり、立法の目的の正当性には理解を示しつつ、目的を達成するための手段として覚えた違和感について具体的に意見を形成していた。
また権力者が恣意的にルールを制定することが問題であると言及する生徒もおり、「法制定の手続き」のあり方について考えることができており、これからの授業で取り扱う近代社会の成立の学習へとつなげることができた。
本授業では、話題を現代における動物愛護問題に展開し、
発問:どのようにルールを定めたら、みんなが納得する動物愛護のルールが作れるだろうか?
と生徒に考えさせたところ「みんなの意見を取り入れながら、作ればいいと思った」「一部の人だけでなく、みんなが納得できるルールを作る」「罪刑の内容をみんなで決める」「刑罰をあらかじめあらわす」などの意見(図4)が出てきて、授業が「民主主義」「罪刑法定主義」について考えるきっかけとなったことが見て取れた。
本授業を通して、生徒が歴史の学習をしながらも、現状の政治や法について考える機会を設定することで、歴史的事象について多角的・多面的なものの見方・考え方を身に付けることができた。また歴史的分野、公民的分野と分野を横断した学習となり、生徒が歴史学習を今の暮らしにつなげて考える機会となり、この「法教育教材集」を活用することで生徒が主体的に社会に関わろうとする態度を育みながら、深い学びを実現する授業づくりできるのではないかと考えている。
この教材への取り組みとして、「自分で考える」姿勢は、多くの生徒に見ることができた。「生類を大切にするのに死刑にするのはおかしい」「人は生類ではない?」などという気づきが、そのことを示している。
また、そもそも正解が想定しやすい教材ではないので(日頃、与えられる題材は、正解が決まっていることも多い)、「本来死刑のところが、島流しになるなら、軽い」とか感染症の心配を考えるなど、教師側が思いもしなかった意見が出てくるので、そのことは大切にしていかなければならない。そして、子どもが「自分で考えた」ことを継続させていくことが「主体的な学び」になっていく。
罪と罰のバランスについては、現代の感覚でとらえて、バランスを欠くと判断する生徒が多くなる。これは当然である。
さらに、現代に時間をすすめて、動物愛護のルールを作るとしたら、と問いかけてみると、これについても多くの意見が出された。
ここで、本教材集の示した評価規準を見てみよう。特に、「主体的に学習に取り組む態度」にスポットを当てることにする。
自分が最初に考えたこと(読んで感じたこと)と、意見を交わしながら、その考えを修正し、最後は、「今の自分」に引き付けて考えることができているかどうかを、ワークシートの記入から見取っていきたい。この思考の流れがある程度見て取れるならば、Bと評価してよいであろう。
さらに、ワークシートの2、3への記述から、A規準を超えるものであるかどうかを見取っていきたい。例えば、今回の実践では、「みんなの意見を取り入れながら作ればいいと思った」という記入があった。これは、まさに、国民主権、立憲主義の考えであり、公民的分野の学習につなげていくことが可能な思考であろう。「一部の人だけでなく、みんなが納得できるルールを作る」という記入については、本教材集の弁護士からのアドバイスをみていただくと、これこそが法教育的な視点で考えているということが分かると思う。「刑罰をあらかじめあらわす」という意見は、文字通り罪刑法定主義の理念であり、そのことの大切さ、逆に、そうでないことの怖ろしさを考えることができていると思われる。こうした記述については、A規準を超えていると見て取ることができる。社会科においては、教師の想定を超えた発想というものは、Aに値すると考えてよいであろう。
なお、社会科学習における主体的な学習観点については、次の5つの視点で見るとよいと考えるので、掲げておく。
この「お犬様」の教材では、AとDの視点が有効だと考える。過去の法令である「生類憐みの令」を対象化して、その問題点をつかみ、今の生活と見比べて、もし、今、生き物を大切にするルールを作るとしたら、という思考ができているというのは、あきらかに主体的な学習が成立していると考えられるのである。
最後に、帝国書院「中学校社会科における分野間連携の必要性」(濵野清)にもあるように、分野間連携の大切さが今後ますます言われると思われる。昨今の、高校入試問題にも、分野間を融合した問題が多数みられる。その意味で、この教材が、極めて有効なことを指摘しておきたい。