※お手持ちの場合は,平成29年度『新詳高等地図』『標準高等地図』ご審査用見本,各内容解説資料と合わせてご覧ください。  
 
平成29年度『新詳高等地図』見本(左)・『標準高等地図』見本(右)
     

 帝国書院が発行する地図帳。実は平成28年度から使用されている『中学校社会科地図』,そして平成29年度より高等学校に供給される地図帳『新詳高等地図』『標準高等地図』には,新たな特徴がある。
 その特徴とは,ズバリ「紙」。宮城県石巻市の日本製紙株式会社石巻工場(以下,石巻工場)の技術者たちが生み出した地図帳のための現時点における最高傑作ともいえる紙。それはいったいどのような紙なのだろうか。また,紙はどのようにつくられるのだろうか。東日本大震災から5年を迎えた2016年3月,取材班は工場を訪ねた。
 
写真1 今回お話をうかがった石巻工場の方々。
写真左から 畑中広巳さん,近藤政彦さん,長谷川敏之さん,安達未紀さん。
日本製紙株式会社石巻工場とは
 まずは,石巻工場はどのような場所に立地し,どのような特徴をもつ工場なのか,紹介しよう。
 石巻工場は旧北上川の下流に位置し,敷地面積1,110,907m2(東京ドーム23.5個分)をほこる日本最大級の臨海型製紙工場だ。
 石巻工場には三つの特徴がある。一つ目は,豊富な水が得られることと臨海工場で原材料の調達に有利なことである。製紙には大量の水が必要とされるが,石巻工場の近くには旧北上川が流れ,豊富な水が得やすい。旧北上川から工業用水を取水し,紙をつくっているのだ。また,石巻工業港に隣接しているため,木材チップといった原材料や場内のエネルギー施設で使う燃料の一部である石炭等の輸入に有利なのである。安定して得られる石炭などの燃料からボイラーで蒸気を発生させ,発電タービンにて電気をつくり工場内の設備を動かしており,蒸気は紙の乾燥工程などに使用している。
 二つ目は,交通の利便性が高いことである。出版・印刷業が集中する関東一円へはトラックで約6時間と近く,また工場倉庫内まで専用線が引き込まれており,JRコンテナで効率的に消費地へ輸送できる。
 三つ目は,5種類の多彩なパルプ(後述)によりさまざまな紙を生産していることである。石巻工場で製造された用紙は,地図帳や教科書のほか,雑誌やコミックス,文庫本などの用紙として使われており,東日本大震災後からはコピー用紙も製造している。

写真2 日本製紙株式会社石巻工場
 
石巻工場の位置


石巻工場の地区別出荷割合(左)と製品輸送手段割合(右)

日本製紙株式会社石巻工場資料より帝国書院作成
   

地図帳用紙の「 ( きわみ ) 」へ
 帝国書院の地図帳の大きな特色である美しく映えた平野の緑や山々の茶色。この美しい色合いを演出するのが,特別な色を加えた5色のインキ,そして光沢感があり色ののりもよく,退色しづらい用紙である。これは帝国書院の地図帳のためにつくられた専用の用紙だ。
 しかし一方で,その高い光沢感ゆえ,蛍光灯の下では光を反射してしまう。地図の楽しさを知ってほしい。地図帳をいろいろな場面で活用してほしい。そう考えたとき,帝国書院では,反射を抑えて「目の疲れない」用紙を追究したい,という想いが強くなっていった。
 そこでまず立ち上がったのが,帝国書院の調製部である。調製部は出版物の用紙や印刷・製本の手配など製造関係を担っている。
 これまでとは違うまったく新しい用紙で地図帳をつくりたい−。調製部はわれわれの想いを一手に引き受け,地図帳用紙を製造する石巻工場にさらなる用紙の開発を依頼した。
 「蛍光灯の下でも光が反射しない,光沢感を抑えた地図帳用紙をつくってほしい。一方で,帝国書院の特徴である地図の色味や写真の発色の鮮やかさはそのままにしてほしい」と。これを聞いた石巻工場の技術者たちは驚きを隠せなかった。本当にそんな紙ができるのか−技術者たちのほとんどはこう考えた。なぜなら,光沢感を抑えることと色味や写真が鮮やかに映えるというのは相反することだったからだ。通常,光沢感を抑えれば抑えるほど,色味や写真の仕上がりは悪くなってしまうのだ。
 ここから石巻工場の技術者たちの実験が始まった。光沢感をぐっと抑える,なおかつ色が映える紙とするために,実験室でさまざまなコート(紙に塗るお化粧のこと。このお化粧によりつやのないマットな紙,光沢のある紙などの仕上がりが変わる)の配合の実験を行った。
 通常,新しい用紙の開発というのは設計から行うため,最低でも半年はかかるという。実際,中学校用教科書に使っている用紙は,1年がかりで開発されたものだ。しかし今回,帝国書院が用紙の開発に用意した期間はたったの3か月。平成28年度に使用される中学校用地図帳に採用するには,次の4月に間に合わせる必要があったのだ。
 短い期間での開発ながらも試行錯誤を重ね,試印刷を経て,ようやく平成28年度からの中学校用地図帳,平成29年度からの高等学校用『新詳高等地図』『標準高等地図』として,まったく新しい地図帳用紙が誕生したのだ。光沢感を抑えながらも色味や写真の映えるこの用紙は,まさに地図帳用紙の「極」といえよう。


写真3 平成29年度用『新詳高等地図』(左)と平成28年度用『新詳高等地図』(右)の光沢感の比較

持続可能な開発をめざして
 さて,ここで工場の話に戻ろう。製紙工場というと,高い煙突から白い煙がもくもく出ているというイメージをもっている方も多いだろう。実は,あの煙のほとんどは水蒸気。工場の排水や排気は特別な装置で処理したうえで排出されている。また,できあがった製品の輸送についても,前述したように工場倉庫内からJRコンテナで効率的に出荷することで, CO2排出量の低減にも努めている。
 このように環境対策に取り組む石巻工場。しかし,それだけではない。新たな挑戦を始めているのだ。
 それがコンクリート用混和材CfFA®の開発だ。「■日本製紙株式会社石巻工場とは」で紹介したように,石巻工場では石炭などの燃料からボイラーで蒸気を発生させ,発電タービンにて電気をつくっている。CfFA®は,電気を起こした際の石炭ボイラーの焼却灰を活用した素材なのだ。コンクリートに混ぜるとコンクリートの寿命が長くなるという性質をもつ。この実用化と販売に向け研究を重ねているのだという。

東日本大震災からの復興
写真4 日和山から見た石巻湾。現在は,海側と内陸の二つの防潮堤のうち北側の門脇エリアのかさ上げ工事が完了し,整備が進められている。写真右側に見える工事中の建物は災害公営住宅。
 2011年3月11日14時46分,東日本大震災が発生し,ここ石巻工場も被災した。勤務していた従業員は全員工場近くの日和山(標高56.4m)に避難し無事だったものの,工場には3mをこえる津波が押し寄せ,工場内はがれきで埋め尽くされ,1階部分にあったモーター系,電気系が被害を受けた。誰もがもう,工場の再開は不可能だと考えたという。
 ところが,地震から約2週間後の3月26日,日本製紙株式会社の当時の社長であった芳賀義雄氏が石巻工場に来場し,「石巻工場を再開させる」と高らかに復興を宣言したのだ。そして2011年4月から工場内のがれき処理が始まった。他工場からの応援を含めて,平均1日1000人,多いときでは3000人の従業員ががれき処理にあたった。建物の中には重機が入らないため,園芸用スコップやスプーンを使って少しずつ除去していった。
 このがれき処理のまっただ中にある5月17日,当時の工場長 倉田博美氏は「半年後に8号マシンを立ち上げる」と宣言した。8号マシンというのは,文庫本用紙やコミック用紙をつくっていたマシンだ。さまざまな出版社から「8号マシンでつくった用紙でないとだめだ」という声が寄せられたという。石巻工場の従業員たちは,8号マシンに照準を合わせ,設備の復旧に取り組んだ。そして震災から半年後の9月16日,8号マシンがついに稼働を再開。その後も地道に復旧作業を続け,2012年末にようやく付帯設備も含めすべての設備が稼働を再開したのだ。
 私たちは今,当たり前のように地図帳や教科書で学習することができ,文庫本やコミックを読むことができる。これは,震災から立ち上がり,そして今もなお,見やすい用紙や持続可能な開発に向け研究に取り組む石巻工場のたまものでもあるのだ。
 最後に,石巻工場の方々はこう語る。

 地図帳というのは,将来にわたってさまざまな活用ができるもの。そのような地図帳だからこそ,毎日使っても破れず,退色せず,見やすい地図帳であるように,用紙製造の技術を発展させるべく,研究と開発に取り組んでいます。これからも,先生方,生徒のみなさんには地図帳を学習に役立てていただきたいと思っています。また,ときには,地図帳の専用用紙をつくっている工場が東北の石巻の地にあるのだな,と思い出していただけるとうれしく思います。
 今は少子高齢化,デジタル化ということで,確かに用紙の需要としては減っているのかもしれません。しかし,紙というのは一覧性があり,携帯性があります。今後もそれぞれのよいところを生かして,うまく共存していくことになると思います。
 そのような時代のなかで,新たな素材の開発などさまざまな展開を図ろうとしています。世の中の流れが変わりつつある中でも,私たちは木材そして紙をベースとして社会に貢献できるよう,また新たなサービスを提供していきたいと考えています。

 これからも石巻工場の挑戦は続くだろう−。


 
 さて,これまでは帝国書院の地図帳用紙の特徴と石巻工場の取り組みを紹介してきた。ここでは,紙というのはどのようにつくられるのか,紹介しよう。

 石巻工場の場合,原材料となる木材は,国内産が約3割,残りが海外からの輸入だ。国内材(おもに東北一円から仕入れている)も積極的に活用し,森林の荒廃防止に努めているという。輸入材ではオーストラリアからの輸入が最も多く,その他ベトナムやロシア等からも輸入している。
 これらの木材チップを化学薬品液で溶解させてパルプをつくる。針葉樹,広葉樹,そして古紙,化学パルプ(木材中のリグニンをアルカリ溶液などの薬品で溶出した繊維。高白色で強度が強い),機械パルプ(木材を機械的に解繊した繊維。低密度)かによっても性質が異なる。これらのパルプをうまく混ぜながら鉱物や染料,薬剤等をブレンドして紙をつくっていく。
※木の繊維同士をくっつける接着剤の役割をもつ高分子のフェノール性化合物のこと
 
写真5 説明をしてくださる畑中さん   写真6 パルプ見本



 
写真7 地図帳用紙をつくるN2マシン



日本製紙株式会社ウェブサイトより。一部帝国書院で改変


 ワイヤーパート    プレスパート    ドライヤーパート
    ドライヤーパート
①網(ワイヤー)の上に水で薄めたパルプを広げて流す。水分は網の下に流れ脱水され,紙に使う部分だけが網の上に残る   ②ロールの間を毛布で紙をはさみ通すことで水分を絞り取る   ③一気に紙を乾かす
         
サイズプレス サイズプレス    コーター    スーパーキャレンダー
   
④シートに澱粉や薬品などを塗布し,表面強度や耐水性を付与する。   ⑤紙にお化粧をほどこす。石灰の粉や粘土を接着剤とまぜて,薄く紙の表面に塗っていく。このお化粧によりツヤのある紙,マットな紙などの違いが出る   ⑥ロールの間に紙を通して表面をなめらかにする
         
 ワインダー    カッター  
工場倉庫内からのびるJR石巻貨物線の線路
   
⑦でき上がった紙を指定の寸法に加工。この紙の長さは,7万〜8万mにもなる   ⑧大きなカッターで決まったサイズに紙を切り分ける   ⑨JR仙石線に合流し,首都圏に運ばれる

〈写真2,6,7,①〜⑥,⑧〜⑨ 日本製紙株式会社石巻工場 提供〉 〔平成29年度用内容解説資料〕