今回は,『地理・地図資料』1学期号から始まりました新コーナー「潜入!キラリかがやく!地理のお仕事図鑑」の番外編として,帝国書院の地図帳づくりのお仕事に潜入します。登場するキラリかがやくお仕事人は,文部科学省検定教科書である地図帳の編集にたずさわる小松崎 厚さん。小松崎さんは大学で地理学を専攻しました。地理のおもしろさ,お仕事に地理がどんなふうに生かされているのか,そして地図帳づくりのコダワリについて,お話をうかがいました。
   
キラリかがやくお仕事人
株式会社帝国書院 編集部 地図編集室
小松崎 厚さん

 2003年,文学部地理学科を卒業後,帝国書院に入社。文部科学省検定教科書である小・中・高等学校の地図帳の編集を手がける。
 2014年5月には平成27年度中学校社会科用地図帳を文部科学省に提出したばかり。趣味は旅行・山登り。「昨年子どもが生まれたので,いろいろなところに連れて行ってあげたい」と語る。

地理学科に進んだ理由は-
 幼稚園くらいのときに家のまわりのイラスト地図を自分で描いていたのが最初の地図との出会いです。小学生くらいになると,家のまわりを自転車で探検するようになり,身のまわりの知らないことを発見することに興味をもち始めました。
 小・中・高校と社会科は好きでしたが,自然科学など理系の内容にも興味がありました。学校では,理系・文系ときっぱりわけられてしまいますが,理系的なことも文系的なことも両方学べるということに魅力を感じ,文学部地理学科に進みました。もともと地図が好きだったこと,地理のもつ幅広さにひかれたというのが,地理学科に進んだ理由です。
 大学では,街なみ保存や環境問題を地域住民がどう考えていくかをテーマにしたゼミに所属しました。卒業論文では,身近な地域の環境保全を目的とした地域住民の活動が環境問題の改善にどのように寄与していくのか,アンケート調査を行いました。大学生活自体は,体育会ワンダーフォーゲル部に所属し,山で大半を過ごしましたね。

帝国書院に入社した理由は-
 地理を生かせる仕事がいいなと思っていました。教職課程もとっていたので,学校の先生もいいなと思っていたのですが,倍率が高くてこのままでは受かりそうにもなく,地理と教育を生かせるのはやはり教科書かなと思ったのです。

地理は地図帳編集というお仕事でどのように生かされていますか-
 もちろん,地名や位置関係,空間的な感覚がある程度頭に入っていることによって,校正するときにこの都市はここでいいのかな,などを確認するために役だっています。図取りを考えるうえでも,地理ではこの地域のつながりを学習するからこの地域までは入れようとか,この地名は小さいけれど,学習のうえでは重要だから切れないように入れよう,というようにページの目的に沿った図取りを考えるのに生かされていますね。
 また,各地域の最新情報にアンテナをはっていることが,新しい地域主題図をつくる際のベースとなっているんじゃないかとも思っています。日頃から,世界の動向をふまえて,次はどんな地図をつくろうか,というインスピレーションを引き出すのにも役にたっていますね。新しいものをすぐに取り入れられるよう,つねにアンテナをはって地図帳に反映できることも,地理をやってきたからだと思います。

地理をやっていてよかったことは-
 登山が趣味なので,山に行くときは地形図を読図してコースを決めたり,天気図を描いて天候を判断して行動したりするなど,地理で学んだことが生かされていると思います。
 また,出張や旅行でいろいろなところに行くと,ついつい何でこうなっているんだろうと疑問に思って調べてみたり,その地域の特殊性やほかの地域との共通性を考えたり,まわりをきょろきょろしながらそんなことを考えています(笑)。地域を知ることはほんとうに楽しいので,地理を学んでいてよかったと思っていますね。

ズバリ!地理のおもしろさは-
 地理の魅力は幅の広さだと思います。考え方の面でもそうで,一つのことだけを考えるのではなくて,地形や産業やら文化やら,いろんなことを総合的に考えて見ていく。そういう見方・考え方というのは,生きる力というか人生のうえでもプラスになるのではないでしょうか。

高校生へのメッセージ
 自分が地理学科を受けるときに,まわりに「文学部の地理学科に行ったって就職先がないんじゃないか」とか「そこで学んで何になるんだ」と言う人もいました。でも,地理が就職に不利なんていうことはないと思うんですよね。私の地理学科時代の友人も教員や塾の先生,飲料メーカーや印刷会社などさまざまな進路で活躍しています。地理は広い視野を身につけられますから,社会に出てからも十分活躍できると思います。
 多少なりとも地理に興味があるのであれば,私としては,周囲に流されずに地理学科に進んで,地理の楽しさを知ってほしいなと思いますね。


  ①企画立案,編集方針や内容構成を決める
 世界の動向を見極めて,編集会議やアンケート調査を重ね,1年以上かけて編集方針や内容の構成を考えます。


②文部科学省に提出するための検定申請本※1を作成
 文部科学省に提出するための検定申請本作成に取りかかります。世界の情勢変更があれば,見極めて地図づくりに生かします。ここでも編集会議を重ね,学習に最適な縮尺や図取りを,何度もやり直して検討します。間違いがないよう何度も確認し,ほぼ1年かけて検定申請本を作成します。
  ③検定申請〜検定合格〜訂正申請〜見本本※2を作成
 検定申請の後,文部科学省の検定審査をへて,ようやく検定合格!となります。しかし,これで完成ではありません。
 市町村合併,都市の人口,道路や鉄道の開通・廃止,施設の新設・廃止・移転,誤記・誤植などは毎年訂正しています。主題図や統計の内容は,最新の資料を用いて2年に1度更新しています。すべて文部科学省に訂正の申請を行い,承認を得てから修正しなければならないため,時間と手間がかかります。検定申請してから見本本が完成するまでに約1年かかります。


④供給本※3作成
 実際に学校へお届けする供給本を作成していきます。新しい情報をお届けできるよう,ここでも情勢変更や統計の更新を行います。また,誤りがないか,入念にチェックを重ねます。修正用の原稿は半年以上かけてコツコツと作成します。
 そして,企画から実に4年以上の月日を経て,供給本が学校へと届けられます。

※1 検定審査を受けるために文部科学省に提出する本。表紙は白のまま提出するので白表紙とよばれることもある。
※2 各高等学校に次年度以降の採用見本としてお届けする本。検定合格したあとに表紙や奥付を付し,情勢変更などを訂正して作成する。
※3 実際に先生・生徒のお手元に届く本。情勢変更を毎年更新して作成する。
 



 平成25年度より順次施行されている高等学校の新課程。帝国書院では,新課程用地図帳として『新詳高等地図』『標準高等地図』『地歴高等地図』の3冊を発刊しています。
 ここでは『新詳高等地図』(以下,地図帳)のコダワリをお聞きしました。


 平成25年度から供給されている地図帳にて,土地利用の区分けをすべて更新しました。
 千葉大学から土地利用のデータを提供していただいて作成に取りかかりました。提供していただいたデータは,表示されている土地利用が大変細かく区分されていたため,それらを学習上必要な数にまとめることが必要でした。また,データの画像がとても精細であったため,地図帳の縮尺に合わせて読み取りやすく分布をまとめる作業は困難を極めました。この作業を「総描」とよびますが,これは機械ではできないとても重要な作業です。感覚や経験といった熟練のセンスが問われるんです。編集部にいる人のなかでも,一部の人にしかできない難しい仕事なんですよ。
 地図を編集していくうえで,新しい情報を集めたり,最適な資料を追求したりすることも“地図編集の命”といえます。情報や資料がなければ,どんなに才能のある編集者であっても,地図をつくることはできないのです。デジタル化が進む前は,外国のアトラスがとても重要な情報・資料でした。弊社の書棚には,半世紀以上前に世界各国から集めた学習アトラスも保管されています。本棚をみると,今も昔も情報・資料の大切さは変わらないんだなと実感します。



 普通の印刷物というのは,C(Cyan…青),M(Magenta…赤),Y(Yellow),K(Black)の4色のインクで印刷されていることが多いのですが,『新詳高等地図』は,クサ(Green)という色を使い,5色で印刷されているんです。
 クサを使うと,明るくてきれいな黄緑色が出るんですよ。これが『新詳高等地図』の大きな特色の一つでもあります。
 世界の一般図では,Yの代わりにチャという色を使っています。そうすると山地の茶色が琥珀色に明るくきれいに発色するんです。赤系の色もMagentaではなくキンアカ(明るい赤)を使用しているので,p.49などの砂漠の色がくすまないんですよ。色数を増やしたり,特別な色のインクを使ったりすればその分お金もかかるんですが,それよりも色のきれいな地図を追究する弊社のこだわりがここにあるんです。



 見やすくかつ内容の充実した地図をつくることも追求しています。情報を載せれば載せるだけ細かくて詳しい地図になりますが,そうすると一般には地図が見づらくなってしまいます。逆に情報を少なくすればシンプルで読み取りやすい地図になりますが,おもしろみ・深みのない地図になってしまいます。
 地名一つとっても単純に人口で精選するとか,文字が混んでいるところは削除してしまうというやり方もありますが,そのなかでも残しておいたほうがいい地名を見極めたり,小さい字名であっても大事な地名は記載するようにしたりするなど,歴史・文化・産業などを多面的に留意して編集しています。地名を入れる・削るだけじゃなくて,文字配置を変えるとか,文字と重なる黒い線はハーフトーンにする(薄くする)など,地図の美しさや読みやすさを損なわないよう,表記を工夫しています。
 また,色覚特性などに配慮して,赤い文字の県名・国名等を黒の細い線でフチドリしたり,階級区分図では色の区別がつきやすいように配色に配慮したり,色に薄く柄を入れたりして,色覚特性のある方にも色の判別がつきやすい表現を追究しています。



 何度も色や図取りを検討し,間違いがないかチェックを重ね,新しい情報が反映されたわかりやすい地図ができたときはほんとうにうれしい瞬間です。例えば,p.37-38では,民族紛争や資源開発で注目されているカフカス・カスピ海周辺地域を大きく描き,話題によくでる地域を詳しくかつ見やすく掲載することができました。この図を見た先生に「これは詳しいね」「この地域の拡大図は必要だったよね」などと声をかけていただけたときは,苦労が報われました。ちなみに,この図の隣には,関連する民族分布やパイプラインの敷設状況を表した地図も配置し,どうして民族問題が起こるのか,この地域にはどういった民族問題があるのか,石油に関連する施設がどのような状況になっているのか,といったことも理解できるようにしてあるんですよ。



 『新詳高等地図』は,弊社で最も歴史のある地図帳の一つです。そのため,昔から変わらずに受け継いできたよき伝統もたくさんあります。地図を見た瞬間の明るい色のイメージなどは,これからも引き継いでいくべきところだと思います。地理の学習に必要な資料がたくさん載っている点も,後輩たちに引き継いでいくべき部分だと思います。一方で,新しい知識や技術をどんどん取り入れ,読者の先生や生徒の皆さんの要望に応えられる内容・表現に発展させていくことも欠かすことができないと思います。この両方をしっかりと見据えて,これからもよい地図帳をつくっていきたいと思います。



 地理の醍醐味は,いろいろなところに行くこと。そして自分で見て体験することだと語ってくれた小松崎さん。その自分で見てきて体験してきたことが,今の地図づくりに生かされていることを,お話を聞いて再確認しました。
 
 今回は,Web特別企画として帝国書院地図編集室のお仕事に潜入しましたが,いかがでしたでしょうか。次回の「潜入!キラリかがやく!地理のお仕事図鑑」は『地理・地図資料』2学期②号に掲載する予定です。