〈帝国書院 取材班〉

ブカレストの街並み

 2016年9月の東欧取材では,ハンガリーに続いて隣国ルーマニアを訪れた。隣り合う2国の雰囲気は大きく異なると聞いていたが,一歩街に繰り出してみるとその違いを肌で実感!コンクリートづくりの巨大で無機質なアパートやビル,建物にスプレーで描かれた落書きの数々…ルーマニアでは1989年まで共産党による政治が続いていたため,そのころの建物が多く残っているのだ。一方で,西欧風の近代的な建物も混在しており,変わりゆく国のようすが感じられた(写真)。


街をゆく馬車

●ルーマニアの移牧movie1
 ルーマニアは首都ブカレストから車で10分ほど走ればなんとも広大な草原が広がる自然豊かな国で,農業がおもな産業の一つだ。ルーマニア平原のこのあたりは,第一次世界大戦時,ヨーロッパの麦の倉庫といわれるほど多くの小麦を栽培していた。現在はひまわり栽培が中心で,ヨーロッパの小麦の主産地はイタリアに移っているという。トランシルヴァニア地方では小麦やとうもろこし,ひまわり,ぶどうがおもな農産物だ。
 ルーマニアでは,馬車も立派な移動手段だ。おもにロマの人たちが乗っていることが多いそうだが,自動車と馬が併走するようすはとても興味深かった(写真)。

 さて,取材班が向かったのはトランシルヴァニア地方の小さな農村,ルカル。ルカルに来た目的は移牧の見学だ。標高差を生かして羊や牛を育てる移牧といえば,スイスを思い起こすかもしれないが,実はスイスでの移牧の多くは観光用であり,産業として純粋な移牧が残っているのは,ここ,トランシルヴァニア地方なのだという。さあ,ご覧いただこう!壮大な平原に羊たちが行きかうようすを。
ルカル村の村長と取材班(ルカルの村役場にて)

 この囲いの中には800頭の羊がおり,羊飼いの夫婦が2人で管理している。そのうち300頭はルカル村の村長さんの羊だそうだ。こうして牧草を食べさせながら移動させ,100haの山を1日3回移動することもあるという。羊たちを移動させる羊飼いのたくみな合図が聞こえるだろうか。口笛のような合図とひゅんひゅんとしなる杖の音に,羊たちは慣れたようすで移動する。10~20年前までは200~300人以上いたという羊飼いも現在は100人ほどに減った。2007年のEU加盟後は大規模化が推奨されたため,小規模経営では続けられなくなったからだ。EUから補助金は出ているものの,さまざまな手続きや衛生管理が求められるようになり,伝統的な羊飼いの生活が難しくなっているという。
 見学のあとは,羊飼いの方々による手料理をいただいた。羊のチーズをふんだんに使ったさまざまな料理や羊肉,ツィカとよばれるルーマニアの強いお酒を堪能した。おそらく一生分のチーズを食べた。羊小屋でのチーズづくりや貯蔵庫のようすも見ることができ,羊飼いの生活を味わう貴重な体験だった。ちなみに,羊飼いには男性が多かった。伝統的な衣装を身につけている人もいたが,多くの人はジーパンにジャンパーという服装だった。

●洗濯機 movie2
 ルカルでの滞在中は,子供のころあこがれたシルバニアファミリー風のペンションにお世話になった。ルカルは観光にも力を入れており,とくに夏場はヨーロッパやイスラエルなどから観光客が来るという。村には宿泊所が11か所あり,そのうち3か所は村が運営している。
 翌朝,ルカルに残るルーマニアの伝統的なじゅうたん工房に連れて行ってもらった。2000年ごろまでは1日3交代でつくっていたというその工房は,現在は使われていないものの,じゅうたんづくりの工程で欠かせない天然の洗濯機は今も現役だという。天然の洗濯機とは…?こちらも百聞は一見に如かず。ご覧いただこう。

ル−マニア

 川の流れを調整することによって水圧を高め,円形に配置された木の洗濯機の中で遠心力を起こすのだ。洗浄力が強いため,シャツや枕カバーのようなものだと破れてしまうという。ルーマニア内で唯一ルカルに残った貴重な洗濯機で,全国からじゅうたんを洗いにやってくるのだそうだ。

笑顔が素敵なルーマニアの人々

おわりに
 今回ご紹介したのは取材のほんの一部だが,少しでもハンガリーとルーマニアの風景や生活のようすが伝われば幸いだ。なお,滞在中は始終,カメラやビデオで撮影していたのだが,ルーマニアでの撮影には規制がかかることが多かった。とくに市場やスーパーマーケットで撮影しようとすると警備員に止められてしまった。こうした文化の違いを実感できることも現地取材の魅力だ。